ケン と メリー の 木——その名を聞いただけで、胸の奥に懐かしい風景が浮かぶ人は少なくないはずだ。北海道上川郡美瑛町のなだらかな丘の上に、たった一本、空へ向かってまっすぐ伸びるポプラの木。高さ約30メートル。周囲の麦畑や牧草地と溶け合うように立つその姿は、どこか孤高で、それでいて温かい。観光バスが列をなし、レンタカーのハンドルを握りしめた旅行者が脇道に車を止めては、スマートフォンのシャッターを切る。半世紀以上前に一本の木が纏った「伝説」は、令和の時代になっても色褪せることなく、美瑛の大地に生き続けている。
そもそも、この木に「ケンとメリー」という名前が付いた経緯を知る人は、若い世代には案外少ない。1972年、日産自動車が放映したテレビCMの映像に、この美瑛のポプラが映り込んだ。CM主役は当時の新型車・日産サニー1200クーペ。若い男女「ケン」と「メリー」が北海道を颯爽とドライブするシーンで、ケン と メリー の 木は一躍、全国に知れ渡ることになった。ヤング向けの爽快なBGMと、青空に突き刺さるポプラのシルエット。あのCMが生んだ「旅したい」という衝動は、当時の日本人の心を確かに揺さぶった。
1972年の日産サニーCMが変えた、一本の木の運命
1972年という年を少し振り返ってみたい。日本列島はまさに高度経済成長の余韻に包まれ、マイカーブームが本格化しつつあった時代だ。日産自動車はそのタイミングで、若者向けの小型乗用車・サニー1200クーペのプロモーションに北海道の大自然を選んだ。撮影クルーが美瑛の丘陵地帯を走り回る中で、レンズに収まったのがあのポプラだった——という話は今でも語り継がれている。
CMのキャッチコピーは「ケンとメリー、愛と風のように」。シンプルなフレーズだが、当時の若者には響いた。CMソングはチャートを駆け上がり、北海道へのドライブ旅行者が急増。美瑛町の農道には見知らぬ他県ナンバーの車が連なるようになった。地元の農家の方々にとっては、突然の出来事だったに違いない。何十年も当たり前のように立っていた畑の脇の木が、ある日を境に「名所」へと変わってしまったのだから。
木を所有する農家は取材に対して語り口が穏やかだ。「観光客が来ることには感謝しているが、農作業の邪魔にならないようにしてほしい」。その言葉は、観光地化の光と影の両面を静かに示している。農村風景の中に輝く観光名所――それは必ずしも地元にとって無条件に歓迎されるものではない、という現実がある。
2026年最新情報——ケンとメリーの木の「今」を独占公開
読者が最も気になるのは、やはり「今どうなっているのか」という点だろう。2026年現在、ケンとメリーの木は健在だ。ただし、近年の観光客の急増に伴い、周辺の整備状況には変化が見られる。木の根本付近への立ち入りは従来から自粛が求められてきたが、それが一層明確に周知されるようになった。ロープやサインが整備され、木から一定の距離を保って鑑賞するスタイルが定着しつつある。
また、2024年に富良野・美瑛国立公園が正式に指定されたことで、この地域全体の観光資源としての位置づけが大きく変わった。国立公園という肩書きは、保護と活用のバランスを強く問う。美瑛町の観光協会によれば、2026年の春から夏にかけての来訪者数は前年比でおよそ10〜15%増加する見込みだという。インバウンド需要の回復と、国内でのSNS拡散効果が重なった結果だ。
木そのものの健康状態については、ポプラという樹種の特性上、経年劣化は避けられない。専門家の間では「樹齢や環境負荷を考えると、今後10〜20年の間に何らかの保全策が必要になる可能性がある」との見方も出ている。一本の木が背負う「伝説」の重さ——それは観光的な意味だけでなく、物理的にも相当なものだ。
パッチワークの路と美瑛観光——ケンとメリーの木を起点にした旅の地図
ケンとメリーの木は、いわゆる「パッチワークの路」エリアに位置する。美瑛町の北側に広がるこのルートには、他にも「セブンスターの木」「親子の木」「マイルドセブンの丘」など、広告やメディアに登場して名所となった景観が点在している。皮肉なことに、これらの多くはもともと純粋な農業用地であり、木々自体に特別な意図はなかった。時代の空気と企業のマーケティングが重なって、偶然に生まれた観光資源なのだ。
ドライブ観光の観点から言えば、美瑛は非常に計画を立てやすいエリアだ。JR富良野線の美瑛駅を起点に、レンタサイクルやレンタカーで巡ることができる。ケンとメリーの木は駅から車で約10〜15分。道中には地元農産物の直売所や、丘の景色を眺めながらコーヒーが飲めるカフェなども増えている。旅の密度が、ここ数年で格段に上がった印象がある。
春の芽吹きから夏の青々した麦畑、秋の収穫後の柔らかな土色、冬の雪原に一本のポプラが立つ景色——季節によって表情が変わるのも、この場所の魅力だ。「一度来たら、また季節を変えて来たくなる」と話す観光客は多い。リピーターを生む仕掛けが、この景観には自然に備わっている。
昭和CM文化が生んだ「聖地巡礼」の先駆け
今でこそアニメや映画のロケ地を訪れる「聖地巡礼」は珍しくない文化になったが、ケンとメリーの木はその最初期の事例として挙げることができる。1972年のCM放映から数年のうちに観光客が押し寄せた現象は、メディアと観光の結びつきを示す歴史的な出来事だ。
日産の広告戦略は当時としては先進的だった。単に車の性能を訴求するのではなく、「どんな旅をするか」というライフスタイルを提案した。北海道という広大な舞台と、若いカップルと、小型車とポプラの木——これらの組み合わせが、見る人の「憧れ」を刺激した。その効果は車の売上だけにとどまらず、北海道観光そのものを押し上げるほどだった。
広告業界の関係者に話を聞けば、「あれだけ長期にわたって観光地への誘致効果が持続したCMは、日本の広告史上でも稀有な存在」と言う。昭和のCM文化が培った「夢を売る広告」の真骨頂が、今も美瑛の丘に立ち続けているともいえる。
観光客と農村のリアルな共存——地元が抱える本音
美しい景観の裏に、現実的な課題が隠れている。農繁期に観光客が農道を占拠する問題、畑への無断立ち入り、早朝や夜間の車の音——地元住民が感じてきた摩擦は小さくない。美瑛町では近年、観光マナーの啓発活動を強化しており、多言語での案内表示も整いつつある。
観光と農業の共存という問題は、美瑛だけの話ではないが、ここでは特に独特の緊張感がある。なぜなら、観光の「目玉」そのものが私有地内にあるからだ。ケンとメリーの木は個人の農家の所有物であり、観光客が自由にアクセスできる施設ではない。それでも柵を設けず、遠目から「見てもいい」という暗黙のもとで成立してきた関係性は、地元の寛容さあってのものだ。
この構造は、持続可能な観光を考える上で非常に示唆に富んでいる。観光客一人一人の「マナーと敬意」が、この場所の未来を左右すると言っても過言ではない。美瑛を訪れるなら、それを胸に刻んでほしい。
令和に生きる昭和の記憶——ケンとメリーの木が問いかけるもの
この木の前に立つと、なぜか時間の流れ方が変わる気がする。スマートフォンを構えながらも、ふと手を下ろして、ただ木を見つめる——そんな瞬間を経験した旅行者は少なくないのではないか。1972年にCMカメラが捉えた一瞬は、今や半世紀以上前の映像だ。それでもポプラは同じ場所に立ち、風に揺れている。
日本の観光名所には数えきれないほどの場所があるが、一本の木がこれほど長く、これほど多くの人を引きつけ続ける例は珍しい。それは単なるノスタルジーではなく、「あの時代の日本人が夢見たもの」への共鳴ではないだろうか。豊かさと自由、若さと旅——ケンとメリーの木は、その象徴として今も静かに立ち続けている。
2026年の夏、美瑛の丘に吹く風は今年も変わらない。観光客の表情は国籍も年代も様々になったが、木の前で感じる「何か」は、きっと同じはずだ。この木が語りかけるものに耳を傾けるために、一度その場所へ足を運んでほしい。言葉よりも、その沈黙の方が、ずっと多くを語っている。 (出典: ケン と メリー の 木(Yahoo!ニュース))